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会長挨拶


 
絶好調の時ほど次の事業を考えるべき
椚 孝信          
2009年2月24日 更新  

  【世界初】100%個人情報無しの成人認証システム(ジックIDを完成)
【世界初】プリペイドカード不要システム(端末による販売)
【世界初】プリペイドカード不要システム(バーコードによる販売)
【世界初】100%個人情報無しの通信販売(ピュアモール)
【世界初】電話番号を暗証番号とした課金方式(Gマネー)
【日本初】国際電話プリペイドカード(GICカード後の富士山カード)
   
1982年 1982年に会社を登記し在籍致していました日動火災海上保険株式会社に退職届を 出しましたが受理されませんでした。
1984年

やっと1984年3月31日日動火災海上保険株式会社が退職を受理、そしてこの会社の事業を開始致しました。
当初は損害保険の代理店として私を含め3名で賠償保険を中心に事業展開を行いま した。当時は火災保険・自動車保険が花形で有り賠償保険は極僅かな代理店が保険 契約をしてましたので「賠償保険は取りたい放題」でした。

1988年 1988年頃は当社は個人代理店として日本でも巨大代理店に成ってました。「社員も 22名」おりました。通常損害保険代理店は「家族で行って居る人達が大半」でした。
一時は単月の損害保険料の合計が「46億円集めた」時も有り各保険会社で当社は 常に「増収額として表彰続けて」おりました。
しかし、絶好調の1988年に「保険代理店もそう長くは続かないと思い」国際電話事業 を開始しました。
(1993年)

☆その後「保険の代理店手数料が減り続け」約5年後には保険募集社員を抱えての 代理店は日本から姿を消す状況に追い込まれて行きました。
当社は2007年3月まで3名で保険業務を続けてましたが4月保険業務を売却しました。
(多くの会社が倒産してます・・・当時・現在の手数料ですと会社経営は出来ません)

1989年 国際電話事業は其の頃まだ日本にはKDD(現在のKDDI)しか無く「ほそぼそとコール バック」が日本に目覚めて来た時でした。
1994年 其の頃KDDは「日本からブラジルまでの1分間通話料金は¥600」でした。我々は 「1分間通話料金は¥360」で販売致しました。今の時代と違い通信回線も全てが良い物では有りませんでしたが外国から出稼ぎで日本に来ている人々は回線が悪くても半額で有れば「当社のカード/GICカード後の富士山カード」選んでくれる人々が多く成りました。 ただ当社はコンピューターシステムに弱く他社にシステムを全て依頼してましたが余りにも伸び続け「単月の販売売上も3億円」を超える様になりシステムが耐え切れずに壊れてしまいました。
1995年 当社とKDDIでKDDスーパーワールドカード発売。
1996年 当社とITJ(現在のソフトバンク国際電話部門)とで国際電話カード発売。
この頃は国際電話のプリペイド販売会社も国内・海外も含め5社ほどに成ってました。
この2年に渡りKDD・ITJ又は外国の電話会社のカードを作るお手伝いをしましたので当社はこのままですと大手電話会社に負けると判断し当時当社富士山カードは月額3億円売上の有ったにも係わらず「富士山カード」の販売を極力減少し「他社のプリペイドカード」を販売しようと決断し2000年に廃止しました。
☆この頃当社の「富士山カード」を真似して多くのカードが出回りましたが現在では一部外国人が販売しているカード以外は現在姿を消してます。
(当社を真似した多くの会社が倒産してます・・・特に現在の格安通信料では手数料収益は見込まれず会社経営は出来ません)

1997年 国際電話が無理なら当時高嶺の花だった携帯電話を当社がドコモから大量に買い外国人にリースしようと思い事業を開始しました。当然当時は「プリペイド式携帯電話」は日本には存在していません。
現在も同じですが当時も外国人が携帯電話持つ事は非常に難しかったです。よって、一時は6000台の携帯電話を保有し通話料も月額1億円を突破してました。
ただ、リース式は大変なリスクが有ります。携帯電話の通話料金は使用した翌月支払う様に成ってますので前もって使用する当月の通話料金を前もって貰わなければ会社は倒産します。よって、考えたのはリースする時に保証金を受け取る。但しお客様が
どのくらい通話するかが不透明ですので保証金だけでは無理と判断しました。よって、保証金を越えた時は通話出来ない様にしようとシステムを作りました。

2000年 日本で沖縄サミットが開催されました。当時は海外から持ってきた電話機では海外に通話出来る物はごく僅かでした。よって、1000人以上の外国人が沖縄に集まるのでこの人達にこのリース式の携帯電話を渡す事を考え「ピュアフォン」を作りました。
ピュアフォンとは携帯電話から発信できるのは3ケ所だけ、よって全ての発信先を当社の交換機に飛ばし1つは外線と繋ぎ、1つは当社のカスタマーセンターに繋ぎ1つは当社業務に繋ぐ方法を取りました。通話料は前もって当社のプリペイドを購入して頂き、その範囲のみ繋ぐシステムを完成し沖縄サミットへは700台を出しました。
トヨタ自動車のホームページでの購入方法を作りました。
(外務省より感謝状を頂きました。)
2001年 このピュアフォンの強敵「プリペイド式携帯電話」が関東地域に出てきました。 ピュアフォンと違い直接外線に繋がりますのでお客様から見れば簡単です。よって、直ちにリース式の携帯電話及びピュアフォンの事業を終了致しました。
☆ (多くの会社が倒産してます・・・この当社が考えた保証金を越えた時の通話停止システムは他社では難しく当社を真似した会社はドコモに通話料を支払えず夜逃げした会社も数社出ました)

1999年 前に戻りますが、1999年。
日本で初めてコンビニ店頭で国際電話等のプリペイド番号だけの販売を開始しました。
店頭の端末機で販売しますので「カードの暗証番号が誰にでも見れる」のでKDDは参加しませんでしたのでKDD以外数社の国際電話会社の商材を販売しました。
同時に電子マネーのプリペイド番号も販売致しました。
コンビニ等はシステムだけでプリペイド購入・管理・盗難等が無くなりますので経営としては、とても良い方法です。
事前に販売方法の特許を提出しシステムを完成させました。

2003年 上記の販売は端末機が無いと販売できませんので考えたのが、バーコードによるプリペイド番号発行方法。これですとレジが有りそのレジに通信網を繋げれば販売出来ます。この方法も上記と同様プリペイド購入等が不要です。
現在海外・国内のコンビニ等で販売致してます。
事前に販売方法の特許を提出しシステムを完成させました。

2005年 約7年ぶりに自社発行の「16桁プリペイドカード」【セキュリティーマネー】を市場に出しました。電子マネーです。
2007年 【セキュリティーマネー】は発売して約1年8ケ月の夏には単月の売上5億3000万円の電子マネーに成りました。
2008年 2月 世界初の個人情報無しの通信販売【ピュアモール】を開始しました。
8月 成人認証が必要な【セキュリティーマネー・ゴールド】を販売しました。
9月 世界初の世界各国のプリペイド電子マネー交換システムを完成。(運用開始は12月)日本を始め多くの国で多くの電子マネーが有りますが全てが発行国のマネーです。 「スイカ」「パスモ」「その他の日本の電子マネー」等も日本での利用だけです。
クレジットカード例えば「アメリカンファミリーカード」等は多くの国々で利用出来ます。その中で弊社関連会社発行の「セキュリティーマネー」「Gマネー」は現在日本・韓国で販売されています。来年の2月には台湾で販売開始。これら各国のマネーを今回完成したシステムで交換する事により他国でのマネーに成ります。よって、他国のネット内の電子マネーとしての課金が可能に成りました。世界初で有り、「セキュリティーマネー」は「世界最大のプリペイドカード」です。
また、このシステムは当社のカードのみの交換でなく他社のカードも交換できます。
2009年

1月 世界初の個人情報無しの成人認証システム「ジックID」を完成しました。
日本では【おとなID】として「ビックサン社」がこのシステムを利用して事業を開始いたしました。
2月 台湾のファミリーマートで【台湾セキュリティーマネー】を販売開始しました。
9月 3月から進めていました日本の関連会社2社を当社に統合する作業を終了しました。
12月 ベンチャー会社が持っておりました全ての当社株を回収し安定株主対策は終了しました。

2010年

1月 ベンチャー会社が取得していた株を自社株にし全て消却しました。
8月 シンガポールで開発したプリペイド【エコチップ】を日本で販売しました。


企業は一歩間違えると倒産します、常に今の事業に満足せず次の展開を考えて行かなければ企業の存在は有りえません。
常に新しい「ビジネス」展開

賠償責任保険⇒プリペイド式国際電話⇒

リース式携帯電話⇒プリペイド式携帯電話⇒

プリペイドカード不要販売⇒個人情報無しの通信販売

 

 

 


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